2010年02月08日

葬儀の真実。

『週刊ダイヤモンド」2月13日号で、「安心できる葬儀」という特集が掲載されていた。

病院や警察との癒着、詐欺まがいのだましの手口などを耳にしたことはあったが、その内容をあらためて網羅したような内容になっていた。

それにしても、30代前半の自分にとって、なかなか身近に感じることの少ない「葬儀」。

ただ、ここ2〜3年、親戚に不幸が重なり、大人になって改めて「葬儀」という非日常に触れる機会を何度か得た。

そんな中で、いくつか疑問が浮かびあがったのは事実だ。

例えば、料金体系はどうなっているのか?

金額の相場というのは一体どれぐらいなのか?

どのように葬儀の段取りを決定していくのか?

正直、今まであまり考えたことありませんでした。


一応、長男なわけですし、順当にいけば、親が死ぬ時には自分が喪主。

まあ、それが理由というわけではないですけど、

例えば、生前に見積もりを取っておくとか、葬儀屋を決めておくだとかいった基本的なことは、今か考えておいた方がいいのかも知れません。




「人間はだれしも、余命数十年の不治の病に侵されている」

確か、糸井重里さんの言葉だったような気がしますが、

必ず訪れる「人生のゴール」を意識することは、

今を大切に生きるためにも、とても有意義なことだと思います。



さて、自分はどんなゴールを迎えたいかな〜。

posted by もっぴ at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ライター日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年の日本予測。

2月6日号の『週刊東洋経済』に、「2020年の世界と日本」と題して、2020年の世界情勢や日本の状況を予測する記事が掲載されていました。

各方面の方々が、いろんな予測を語っているわけですが、

どうしても、この手の未来予測には、違和感を感じてしまいます。

なぜか? 

それは、2020年の時点で、「結局、その人の言っていたことが正しかったのかどうか?」という検証がされないからです。

そういう意味では、次のレースを予想する競馬の予想屋の方が、なんだか健全な気さえしてきます。

競馬の予想屋なら、実際に、正誤が目の前で確認できるわけですから。

例えば、最近、古本屋でビジネス書を手に取ることが多いんですが、

経済評論家の言う「2000年予測」、「2010年予測」なんて、まあ〜当たってません(笑)

投資の世界でも、「未来は予測できないものだから、株や債券をしっかりと分散して長期保有する」というのが大前提になっているわけですし。

そもそも、そんなに未来を予測できるなら、株でも債権でも自分で投資をすれば、評論家として仕事をするまでもなく、巨万の富を築けるわけで。

簡単に、第二、第三のウォーレン・バフェットが誕生するわけです。

未来を予測できる人が、果たして「億万長者じゃない」なんてことがあり得ますでしょうか?


…まあ、揚げ足取りのようで恐縮ですが、こういった記事は、こうした状況を勘案した上で、冷静な視点を持つことが何より大事かな、と。

未来を予測して一喜一憂するよりも、目の前の仕事や勉強をコツコツやることの方が、よっぽど「よりよい未来」への近道だと思います。




…それにしても、せっかく2010年という区切りの年ですから、過去の評論家の発言を省みて、「2010年予測がどれだけ当たっていたか大検証」なんて企画も面白そうですね。

ただ、2010年の予測が当たっていたからといって、同じ人が2020年の予測を当てるという確証はないわけで、結局、「未来は分かりません!」という帰結にならざるをえませんけどね。

posted by もっぴ at 07:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ライター日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする