今日は、一泊二日で東京に来ています。
新宿でインタビューを終えて
取引先の担当者さんから案内されたのが
大塚駅近くのビジネスホテルでした。
「何だか遠いなぁ」と思いつつ、
駅を降りたところで
目に飛び込んできたのが
「大塚バッティングセンター」という
懐かしい看板でした。
このブログでも何度か書いていますが、
僕は大学卒業後、名古屋では有名な
超ブラック企業「C」に就職し、
飛び込み営業を2年間経験しました。
その中でもとびきりきつかったのが
東京・池袋で過ごした2カ月。
当時そこそこ営業成績が良かった僕は、
「新規事業を立ち上げるぞ!」と
意気込む会社の命令を受けて、
別の会社の研修カリキュラムに
放り込まれることになりました。
その会社とは、東京で名を馳せていた
超ブラックな営業会社「H」でした。
Hが扱う商材を自社で扱うため
先発隊として送り込まれたわけです。
今考えても地獄のような日々でした。
Hの人たちから「あのCさんと
うちがタッグを組むなら
もう鬼に金棒ですね!」なんて
言葉が交わされていたのを覚えています。
ドラゴンボールで例えるなら、
飛び込み訪問界の孫悟空とベジータが
合体するようなイメージでしょうか(笑)
オフィスに飛び交う怒号。
契約が取れなければ
深夜まで飛び込みを継続。
今なら考えれない地獄絵図でした。
…いや、当時でも考えられないか(笑)
そんな地獄に拍車をかけたのが
軟禁されていたウィークリーマンション。
廊下にはいかにもおかしい男が
うめき声をあげながら徘徊。
まるでゾンビ映画のような状況でした。
しかも、テレビに逃げ場を求めたら、
流れてきたのはアメリカの同時多発テロ。
「あそこまでのドン底はもうないな」
そう心の底から思えるからこそ、
その後の苦労を乗り越えられたという点では、
結構役には立っているんですけどね。
だって、その後転職した時は
「超ゆるいじゃん!」と思ったもん。
…と、だいぶ前置きが長くなりましたが、
そんなハチャメチャな池袋生活の
心の拠り所だったのが、金曜深夜のカラオケと、
休日のバッティングセンターでした。
大塚バッティングセンターの近くに
当時同僚だった人が住んでいて、
休みの日は、むかつく上司の顔を思い浮かべて
バットをフルスイングしていました。
大袈裟でも何でもなく、
あの時、このバッセンがなければ
心が壊れていたかもしれません。
そんな大塚バッティングセンターですが、
どうやら今年6月に閉店したようですね。
不覚にも全然知りませんでした…。
知っていれば立ち寄ったのになぁ〜。
「せっかくだから」と目の前を通ったら、
近く取り壊されるとの張り紙がありました。
せめて建物だけでも見られてよかった。
今さらですが、長年の営業お疲れ様でした。
そして、あの時はありがとうございました。
この場所に命を救われたバッターより。
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